過去に原因があるのではなく、
未来、そうあるようになることが原因
mkkr
2011年7月5日火曜日
2011年7月4日月曜日
バグワンの言葉
『「私はもちろん悟りたいと思います。でも、もしそうなったら、この世界はいったいどう変わるでしょう。」
「なぜあなたは、この世界のことを心配するのか。世界の心配は世界にまかせておけばいい。またあなたはいっこうに「もし自分が悟らなかったら、この世界はどうなるか」と心配していない。
もしあなたが悟らなかったら、この世界はいったいどうなるか。あなたは不幸を生み出す。意識的に不幸を生み出しているわけではなく、あなたこそが「不幸」なのだ。だから何をしようとも、あなたは不幸の種をまわりじゅうに播き散らす。
あなたの望みには意味がない。あなたの存在こそが重要だ。自分では他人を助けているつもりでも、実際のところはあなたは邪魔している。自分では愛しているつもりでも、実際には相手を殺しているかもしれない。自分では教えているつもりでも、実際にはそれによって相手を永久に無知にしているかもしれない。あなたの願い、あなたの望み、あなたの考えは重要ではない。あなたの在様(ありよう)こそが重要だ。
わたしは毎日そこらじゅうで目にしているが、人々は互いに愛し合いながら、互いに殺しあっている。自分では愛しているつもりでいるし、相手のために生きているつもりでいるし、自分なしでは、家族や恋人や子供や妻や夫が不幸になるだろうと思っている。
ところが実際は、その当人がいるからこそ不幸がある。そして、努力していろいろやってみるが、何をやってもおかしくなる。
それはあたりまえだ。自分がおかしいからだ。行為はさほど重要でない。行為の大本となる存在こそが重要だ。悟っていない人間は、この世界を地獄にするばかりだ。もうすでにそうなっている。これこそ、あなたをめぐる現実だ。あなたの触れるところ、どこでも地獄が出現する。
悟っていれば、何をしようとも、何を言おうとも、あるいはなにをしなくとも、その存在が助けとなって、人は開花し、幸福になり、至福に満ちる」』
(空の哲学/和尚/市民出版社p322-344から引用)
「なぜあなたは、この世界のことを心配するのか。世界の心配は世界にまかせておけばいい。またあなたはいっこうに「もし自分が悟らなかったら、この世界はどうなるか」と心配していない。
もしあなたが悟らなかったら、この世界はいったいどうなるか。あなたは不幸を生み出す。意識的に不幸を生み出しているわけではなく、あなたこそが「不幸」なのだ。だから何をしようとも、あなたは不幸の種をまわりじゅうに播き散らす。
あなたの望みには意味がない。あなたの存在こそが重要だ。自分では他人を助けているつもりでも、実際のところはあなたは邪魔している。自分では愛しているつもりでも、実際には相手を殺しているかもしれない。自分では教えているつもりでも、実際にはそれによって相手を永久に無知にしているかもしれない。あなたの願い、あなたの望み、あなたの考えは重要ではない。あなたの在様(ありよう)こそが重要だ。
わたしは毎日そこらじゅうで目にしているが、人々は互いに愛し合いながら、互いに殺しあっている。自分では愛しているつもりでいるし、相手のために生きているつもりでいるし、自分なしでは、家族や恋人や子供や妻や夫が不幸になるだろうと思っている。
ところが実際は、その当人がいるからこそ不幸がある。そして、努力していろいろやってみるが、何をやってもおかしくなる。
それはあたりまえだ。自分がおかしいからだ。行為はさほど重要でない。行為の大本となる存在こそが重要だ。悟っていない人間は、この世界を地獄にするばかりだ。もうすでにそうなっている。これこそ、あなたをめぐる現実だ。あなたの触れるところ、どこでも地獄が出現する。
悟っていれば、何をしようとも、何を言おうとも、あるいはなにをしなくとも、その存在が助けとなって、人は開花し、幸福になり、至福に満ちる」』
(空の哲学/和尚/市民出版社p322-344から引用)
2011年5月10日火曜日
グルジェフ
~ある一つの性質が現われると、
ただちにそれに敵対する別の性質が呼びおこされる。
一つの領域での知識の増大は別の領域での無知の増大を喚起し、
一方での上品さは他方の粗野を生みだし、
あるものに関する自由は他に関する隷属をひきおこし、ある迷信が
消えたかと思うと別のものが現われて増大するといったあんばい~
グルジェフ 多分。
ただちにそれに敵対する別の性質が呼びおこされる。
一つの領域での知識の増大は別の領域での無知の増大を喚起し、
一方での上品さは他方の粗野を生みだし、
あるものに関する自由は他に関する隷属をひきおこし、ある迷信が
消えたかと思うと別のものが現われて増大するといったあんばい~
グルジェフ 多分。
2011年4月28日木曜日
一瞥の体験について
Q. 一瞥の体験の後、理解に至らず、その体験をまた
求めてしまうのはどうしてでしょうか?
A. エゴは、一瞥というものが時間を超えたものであるということを
理解できず、それを時間の中の体験の対象物(体験できるもの)
として理解してしまいます。
体験の対象物だからそれを再現すればいいのだ、と思ったり、
対象物なのであればそれをもっとよく理解すればいいのだ、と
思ったりするのです。
でも、そのうち、エゴにとっては答えがないのだという点に到り、
そのとき何かが浸透します。
引用 FROM
http://www.resonanz360.com/
求めてしまうのはどうしてでしょうか?
A. エゴは、一瞥というものが時間を超えたものであるということを
理解できず、それを時間の中の体験の対象物(体験できるもの)
として理解してしまいます。
体験の対象物だからそれを再現すればいいのだ、と思ったり、
対象物なのであればそれをもっとよく理解すればいいのだ、と
思ったりするのです。
でも、そのうち、エゴにとっては答えがないのだという点に到り、
そのとき何かが浸透します。
引用 FROM
http://www.resonanz360.com/
2011年3月25日金曜日
我は神なりに言寄せて
allah fu akbal
イブリーズ「お前も私も、“我は”と言ったのに、何故、お前には慈悲が、
私に呪いがもたらされたのか?」
ハッラージュ「お前は、“我は”と内にし、私は“我は”と遠ざけたからである」
innysyallah
イブリーズ「お前も私も、“我は”と言ったのに、何故、お前には慈悲が、
私に呪いがもたらされたのか?」
ハッラージュ「お前は、“我は”と内にし、私は“我は”と遠ざけたからである」
innysyallah
2011年3月17日木曜日
2011年2月24日木曜日
2011年2月15日火曜日
2011年2月10日木曜日
2011年2月9日水曜日
2011年2月1日火曜日
2011年1月27日木曜日
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